Distance of love
「・・・ん・・・」
・・・不意に寒さを感じ、身体を軽く震わせた不二はうっすらとその目を開けた。
視界に入ってきたのは一面の”白“だった。
“ここは・・・”
高い天井をぼんやりと見つめた後、ゆっくりと視線を巡らせば、周囲は白いカーテンで仕切られており、その光景に不二は戸惑いつつその身体を起こす。
「・・・っ」
・・・と、急に身体を起こしたせいか、ふらふらと眩暈がし、それを支えようとした右手に軽い痛みが走る。
“・・・え・・・”
見ればその手には管が刺さっており、それは脇に立てられたスタンドから下がるプラスチックのパックへと繋がっている。
どうやら点滴を受けていたようだ。
あきらかに自室のものではないベッドに寝かされ、治療らしきものを受けている事実に混乱していると、ドアが開かれる音がした。
「誰・・・?」
「・・・気がついたのか?」
自分の呼びかけに仕切りのカーテンがさっと開かれ、現れた意外な人物に不二は軽く目を見開いた。
「て・・・づか・・・」
「まだ動いてはダメだ。寝ていろ。」
何が何だかよくわからなかったが、事実身体はだるく、不二はおとなしく枕に頭をつける。
「熱があるようだ。下がるまで無理はするな。」
「ここは・・・?」
傍らに引いた椅子に腰掛けつつ、ゆっくりとそう言う手塚に不二は問いかける。
「病院だ。」
「病院・・・?」
「そうだ。・・・越前から連絡をもらってお前をここに連れてきた。」
まだどこかぼんやりとした頭でその手塚の言葉を聞いていた不二は、次の瞬間はっとしたようにその身体を浮かせる。
思ったよりも広い部屋だったが、どうやら自分と手塚しかいないようで、不二は戸惑ったように手塚を見つめる。
「・・・越前はここにはいない。今、傷の処置をしてもらっているはずだ。」
「!っ・・・あの子の怪我は?傷の具合は!?」
彼の話題を出した途端、顔色を変え、再びベッドからはね起きた不二に手塚は軽く眉を寄せる。
「軽く右の筋を痛めているようだったが、大した事はなかったようだ。頬の切り傷もそれほど深くないらしい。」
「・・・そう・・・」
「・・・一体何があった?」
自分の言葉に安心したのかため息と共に安堵の表情を浮かべた不二に手塚は静かにその口を開いた。
「・・・え・・・」
「事実を聞きたい。お前の口から。」
「・・・あ・・・」
いかなる経緯かはわからないが、手塚がこうしてここにいる以上、何があったかは話さないわけにはいかないだろう。
しかし、どこから話していいものだろうか・・・
「・・・言いにくいようならオレから聞こう。」
その戸惑いを躊躇と取ったのか、再び手塚は口火を切った。
「越前がお前を殴ったというのは、事実か?」
「・・・え・・・?」
「言葉がもつれてついケンカになって、気づいたらお前を殴っていた。そう越前は言っているんだが。」
「そ・・・んな・・・」
思いも寄らなかった手塚のその言葉に不二は息を呑み、驚きに目を見開く・・・
“これは・・・オレが原因で始まった事なんです。”
驚きに言葉を失い、混乱している様子の不二を見つめる手塚の脳裏に、先ほどのリョーマの言葉が蘇る。
自分の携帯に連絡があり、半信半疑で言われた場所に行ってみれば、気を失っている不二と、怪我をしている彼がいて。
“先輩には何も聞かないで下さい。”
不二を包み込むように抱きしめながら、真剣な瞳で自分を見上げてきたリョーマ。
この人は・・・オレをかばうだろうから・・・そう言ったきり噤んでしまった口を開かせる事はどうしてもできなくて。
「越前は本当にお前を殴ったのか?」
「違う!」
再びそう尋ねてきた手塚に、不二は激しくかぶりを振った。
「・・・あの子は僕をかばっているんだ。」
・・・どうして彼が嘘をついたのか。それは自分をかばうためなのだと不二は気づいていた。
こうなった経緯を正直に話せばこれまでの事が明るみに出てしまう。彼はそれを懸念したのだろう。
自分が悪者になってまでその“秘密”を守り通そうとしてくれたリョーマの気持ちに不二は胸が苦しくなる。
「手塚・・・実は・・・僕」
「・・・わかった。」
その胸のつかえを吐き出そうと、今までの事を話しだそうとした不二を手塚は静かに遮る。
「それだけわかれば十分だ。オレはお前の隠してきた事を無理に暴き立てるつもりはない。」
「・・・え・・・」
「お前が何か隠していた事は知っていた。そしてそれはオレだけじゃなくみんなも気づいているはずだ。」
驚いたように自分を見る不二を見つめ返しながら手塚はそう静かに続ける。
「みんなはっきりとは口に出さないが、ずっとお前を心配していたからな。」
「!」
完璧だと思っていた自分の態度。でも、みんなその不自然さに気づいていた・・・?
その事実に驚きを隠せずに、ただただ手塚を見つめる不二。
「お前は自分で思っているほど器用じゃない。そしてオレ達はお前が思っているほど単純でもないというところだろうか。」
「て・・・づか・・・」
「・・・でもオレ達はお前に踏み込めなかった。・・・あいつを除いてな。」
そしてそんな不二に、手塚は苦く笑う。
「力になれなくてすまなかった。」
「手塚・・・」
自分ひとりで何もかもを抱え込んでいるつもりでいた。
誰一人自分をわかってくれる人などいないと思っていた。わかってくれなくともいいとも思っていた。
でも、そんな不安定な自分をずっと見守ってくれていた仲間。
そして、こんな自分を助けてくれた人・・・
「手塚・・・越前をここに呼んでくれないかな?」
こみ上げくる涙がこぼれないように目をつむり、不二は大きく息を吐き出す。
「彼と話をしたいんだ。」
部屋に響いたノックの音に不二はゆっくりと目を開いた。
返事を返せば、少しの間の後ドアが開く音がし、リョーマが顔を覗かせた。
「・・・入って。」
構えているつもりはなかったが、いつになく固い声がでた。
しかし、リョーマはそれに気づいているのか気づいていないのか、いつもと変わらない表情をしている。
「こっちに来て。」
その呼びかけに小さく頷き、素直にこちらに歩いてきたリョーマを見つめながら不二はその身体を起こす。
「!あ・・・」
先ほどと同じくめまいを覚え上体を揺らした不二を見て、慌てたようにリョーマは駆け寄り、その身体を支える。
「先輩、無理・・・」
しないで、と言いかけた声を乾いた音が遮る。
その直後、その頬に鋭い痛みを感じ、リョーマは目をぱちぱちさせた。
「どうして手塚にあんな嘘をついたの?」
「え・・・」
「僕が君の嘘を否定しなかったらどうなったかわかってるの?」
「先輩・・・」
「・・・ごめん・・・」
・・・つい、感情をむき出しにしてしまった事に気づいた不二は口元を覆い、大きく息を吐き出した。
「・・・でも僕はね、君を犠牲にしてまで自分を守りたいとは思わないよ。それとも・・・君には僕がそうする人間・・・って思われちゃったのかな?」
・・・思わず感情的になったのはその思いからだった。
嫌な事から逃げる卑怯者、彼にそう思われるのが辛くて。
「でも、そう思われても仕方ないよね・・・とばっちりで君にこんな怪我までさせちゃったんだし。」
深い罪悪感に捉われ、不二は今しがた叩いたリョーマの頬をそっと撫ぜる。
「痛かった?」
「大した事ないっす。」
「・・・そうだよね・・・こっちに比べたら。」
不二は眉を寄せ、もう一方のガーゼの貼られた頬にそっと指を這わせる。
「・・・本当に、ごめん・・・」
まだ幼さの残る頬に傷を刻ませてしまった、その事実に不二の胸が痛む。
その手を優しくリョーマが握り締めてきた。
「・・・オレの方こそごめん。あんたを傷つけて。」
「・・・越前?」
「でも・・・誰にも知られたくなかったんす、あの事は。」
でも、気を失ったあんたをあの状況でオレひとりではどうする事もできなかったから・・・悔しげにそう呟いて瞳を伏せたリョーマに不二は言葉に詰まる。
「それに、この怪我はあんたのせいじゃないから、気にする事なんてないっすよ?」
「え・・・」
「オレが勝手にケンカして怪我した。それだけっすから。」
「越前・・・」
瞳を伏せたまま早口にそう言い切ったリョーマを不二は胸を締め付けられるような思いで見つめる。
「・・・どうしてなの?」
「・・・え・・・?」
「どうして君は僕をかばおうとするの?・・・こんなにしてまで。」
それはずっと自分の中にあった疑問。
彼が事あるごとに自分に示してくれる優しさをどう理解していいかわからなくて。
「・・・心配してくれているのなら、僕はもう平気だから。」
不二は小さくため息をついて、軽く頭を振ると、その顔を上げてリョーマへと微笑みかける。
「だから・・・もういいよ。」
「もういい・・・って?」
「僕はもう隠さない。知られたって平気だよ。それに・・・もう自分のために誰かを傷つけたくない・・・君のように。」
「先輩・・・」
「だから・・・もう僕にかかわらない方がいい・・・君の為にならないから。」
「・・・それ、どういう意味っすか?」
「言っている通りの意味だよ。」
眉を寄せ、自分にそう聞き返すリョーマに不二は切なそうに笑う。
「君も見ただろう?僕のあの姿を。僕はろくでもない・・・」
「先輩!」
・・・と、不意に激しく言葉を遮られ、彼の頬に触れていた手が今度は強く握り締められたのに不二は息を呑んだ。
「越前・・・」
「それ以上言うのは許さない・・・たとえあんたでも。」
自分をじっと見つめるのはいつか自分を射抜いた瞳。まっすぐで、力強さに溢れていて、彼そのものを思わせる瞳。
「自分が犯したくて犯した間違いでもないのに、その罪の意識に悩んで苦しんでる。そんな人間をろくでもないっていうの?それとも・・・一度汚れたものは元に戻らないとでもいうんすか??」
「え・・・」
・・・その大きな瞳には怒りと、やるせなさと、悲しみが湛えられていて。
自分と同じ傷を抱える彼。遅まきながらそのことを思い出した不二は言葉に詰まり、俯く。
「・・・ごめん・・・」
「先輩・・・」
「君を・・・傷つけるつもりはなかった。」
・・・いつも思いとは空回り。君を傷つけたくないのに、傷つけてしまう。
これ以上近くにいたら、僕はますます君を傷つけてしまう。
そんな事は嫌だ。だって僕は君を・・・
・・・と、不意に柔らかな温もりが身体を包み込む感触に、不二は目をしばたいた。
「え・・・ちぜん・・・?」
「・・・あんたを見るたび思ってた。この人はいつ本当に微笑うんだろう・・・って。」
「え・・・」
「あんたが微笑む顔はオレには泣きそうな顔にしか見えなくて、それが不思議で仕方なくて、オレ、あんたを見るようになったんだ。」
まさか自分と同じ目にあっているとは思いもしなかったけど・・・
ふ・・・と脳裏に浮かんできた光景にリョーマは思わず眉を寄せ、不二を抱きしめる腕に力を込める。
でも、その事実を知ってわかった気持ち。
そして、その事実を知る前から芽生えていたこの・・・気持ち。
「ねぇ、先輩?オレの事、汚いって思う?」
腕の中の不二にそう聞けば、少しの間を置いて彼は首を振る。
「・・・じゃあ、自分の事も汚いって思うことはやめて?」
リョーマは目を閉じると、ゆっくりと息を吐き出し、口を開く。
「オレ・・・好きなんですよ。あんたの事が。」
「え・・・」
「・・・驚いた?」
自分の胸から顔を上げ、驚いたようにこちらを見あげた不二の表情のあどけなさにリョーマはちょっと笑う。
「ホントはまだ言うつもりはなかったけど、我慢できなくなった・・・あんたの事をそう思う奴もいるって事わかって欲しくて。」
「えち・・・ぜん・・・」
「あんたが自分の事を死ぬほど嫌っててもオレはあんたが好きで・・・大切に思うよ。」
「あ・・・」
「好きだよ。」
・・・口にしてみてその思いの強さに改めて気づかされる。
この人の存在が思った以上に大きく胸の中で育っていた事に。
愛しい、好きだ、大好きだ。
この人を包んであげたい、包めるようになりたい。この人が抱える傷ごとみんな。
「・・・あ・・・」
思いがけない彼の告白と、自分を抱きしめる腕の力の強さに不二は息苦しさを覚える。
自分は夢の中にいるのではないのだろうか。
おずおずとその手を伸ばし、自分を抱きしめている彼の背に手を回す。
この温もりが本当なのかを確かめたくて。
「先輩・・・」
その背をそっと抱きしめれば、その感覚に気づいたのか、戸惑ったような声が聞こえ、自分を抱きしめる腕の力が緩みかける。
「離れないでよ・・・」
その動きを止めたくて、不二はリョーマの背中をしっかりと抱きしめる。
「離れないで・・・君の言葉が本当なら・・・」
・・・自分も、この小さくも優しく眩しい存在に心惹かれていた。
いつしか胸の中に芽生えたこの感情の重さが時に苦しくなるほどに。
だから怖かった。自分のこの思いが彼に否定されてしまう事が、自分の存在が彼を傷つけてしまうのではないかという事が。
・・・でも、自分のこの行動に、言葉に、彼は戸惑っていないだろうか?
不安にかられ、ぎこちなく顔を上げリョーマを見あげれば、自分の瞳を受け止めた彼のそれは泣きたいくらいに優しくて。
「・・・わかった・・・」
そう言って、再び自分を抱く腕に力を込めてくれたリョーマに、不二は笑った。
「・・・ありがとう・・・」
・・・この人はこんな顔をして笑うんだ。
自分に向けられたその笑顔はとても綺麗で、幸福そうで、今まで見たどんな笑顔よりもリョーマの心を揺すぶって。
その美しさにリョーマは吸い寄せられるように顔を寄せる。
・・・自分の唇が不二のそれに触れた時、不二はかすかに震えたようだったが、背中に回された腕は離れる事はなかった。
そんな彼をリョーマは包み込むように抱きしめると、優しく、深くそれを塞いでいった・・・
「・・・ん・・・」
枕元で鳴る携帯の音で浅い眠りから覚めた不二は、表示されている相手の名前を見てちょっと笑うと嬉しそうにそれを取り上げた。
「はい。」
“具合どう?”
素っ気無いが、どこか優しいその声に不二は目を細める。
「もう大丈夫だよ。熱も下がったし、明日には学校に行けるよ。そっちは??」
“もう全然平気。部活も問題なくこなせてるし。”
「そう・・・よかった。」
・・・あれから熱がなかなか下がらず、部も学校も休んで数日が経っていた。
でも、あの騒ぎは手塚ひとりで胸に呑んでくれたらしく、病院に迎えに来た身内にも上手く言いつくろってくれたし、部の方でも自分は風邪を引いたことになっているとリョーマからの電話で聞かされていた。
しかしリョーマの嘘にはしっかりと罰が科せられたようで、グラウンドを50周走らされたと苦笑混じりに言っていたが。
何もかもを丸く治めようとしてくれる手塚の配慮に不二は心から感謝し、だからこそ決断しなければ、と思っている事があったのだが・・・
“ところで・・・聞いた?・・・あいつらの事・・・”
「・・・うん・・・」
少しためらいがちにそう聞いてきたリョーマに、その問いを予め予想していた不二は素直にうなずいた。
「手塚から聞いたよ。」
自分にちょっかいをかけていた同級生が他校生とケンカをし、相手に怪我を負わせたらしく、これまでの問題も重ね合わせた上、放校処分になったと聞かされたのは、つい昨日の事だ。
“・・・ホントはオレがあいつらを徹底的にぶちのめしたかったけどね。”
それは至って勝気な言葉だったが、彼なら出来たかもしれない・・・と思ってしまう自分に不二は苦笑する。
“でも、これで部をやめる事を考え直してくれるよね?”
「・・・え・・・」
いきなりリョーマにそう言われ、不二はぎくり、とする。
“だって、あんたそのつもりでいたんでしょ?”
「・・・」
図星を指され、不二は言葉に詰まる。
リョーマの言うとおり、元気になって登校したら、騒ぎが明るみに出る前に部を辞めようと不二は決心していた。この事が暴かれれば、全国を目指して必死に努力している仲間の夢を断つ事にもなりかねない。それだけは避けたい事態だった。
“言っとくけど、あんたが部を辞めるんならオレも残るつもりはないよ。“
「!越前っ」
“だって筋から行けば手を出したのはオレが先なんだし・・・あんたの側にいられるんでなきゃここにいる意味ないからね。
「え・・・」
“・・・オレ、もし、この事で部を辞める事になってたとしても、それで全国締め出されて、先輩達に恨み買ったとしてもいいと思ったから。”
「越前・・・」
“でも、オレはまだ部にいるし、あのクソ野郎どもも消えた。そして・・・みんなあんたを待ってる。だからあんたはオレ以上に部を辞めちゃダメなんだ。”
すらすらと何の迷いもなくそう言いきるリョーマに戸惑っていると、くすり、と受話器越しに彼の笑う声が聞こえる。
“いいじゃん、それで。”
「え・・・?」
“難しく考えなくても、それで。”
「越前・・・」
“戻っておいでよ、先輩、そして・・・一緒にいようよ。”
・・・君の言葉はどうしてこんなにも心地いいのだろう。そして・・・力強いのだろう。
暖かいものが胸に満ちていくのを感じ、不二はゆっくりと微笑む。
「・・・ねぇ、越前?」
“何すか?”
「・・・会いたいな。」
“え・・・?”
「今、君にすごく会いたいよ。」
“先輩・・・”
こんなことを人に言うのは初めてだ、ふと不二は思う。大抵の事なら我慢できる自信はあり、何かにつけ強く望んだという記憶はない。
そんな自分が年下の後輩に子供のような駄々を言っている事に苦笑する。
“わかった。じゃ、これからそっちに行くから。”
でも、そんな自分とは対照的に彼はあくまでマイペースで、自分の言葉をなんでもない事のように拾い上げ、話し出す。
「行くからって・・・部活は?」
“もともと辞める気だったんすから、サボるくらい平気っす。”
「バレたら50周じゃすまないかもよ?」
“覚悟しておきます。”
もう何を言っても聞くモードではないらしい。不二は苦笑しながらも、頷かざるを得ない。
「・・・わかった。手塚には僕が誘惑したと言っておくよ。」
“そんなの言わなくていいす。”
「え・・・?」
“だってオレが会いに行きたいんだから。”
「・・・越前・・・」
“・・・ホント言うとオレもあんたに会いたいと思ってたからさ。だから・・・飛んでいくよ。”
「越前・・・」
“待ってて。すぐだから。”
有無を言わせぬ勢いでそう言われ、切られた電話に、不二は肩をすくめ小さく笑う。
・・・会いたいって言ったのは僕の方が先だったのにな・・・
ホント、君には敵わない。
いつも前向きで、真っ直ぐで、ためらわない、改めてそんな彼が羨ましく、眩しいと思った・・・
リョーマに少しでも早く会いたくて、家を出た不二はいつか彼と一緒に来た道まで歩いてきていた。
どこからか吹いてきた柔らかい風に、ふっとその足を止め、何気なく空を見上げれば、澄み切った青が眩しくて。
そして見慣れているはずの周りの風景は輝くように美しく見え、不二は目を細める。
もうじき彼に、リョーマに会える、その事が心を満たしているせいなのだろうか・・・と不二は微笑する。
・・・好きだよ・・・
君に会えたら伝えよう、素直な今の自分の思いを。
それによって変わっていく事に不安とためらいがないわけではないけれど、変わる事は怖いことばかりじゃない、君がそう教えてくれたから。
・・・好き・・・
今度は自分から大切だと思えるものに手を伸ばしてみたい、捕まえてみたい。
色々な事があるだろうけど、きっとこの言葉を紡いだ事を後悔することはないだろう。
そしてこれからもその瞬間をずっと大切に思うことだろう。
「好きだよ・・・越前・・・」
風に溶けてしまいそうなほど小さくそう呟いた不二の頬にはリョーマを魅了した心からの笑みが宿っていた。
会いたい、と言ってくれたあの人の声が心地よく頭の中に響いていて、早足はいつしか駆け足へと変わっていた。
最初はあの人の本当に笑うところを見てみたかっただけだった。
でも今は、その笑顔を作れるのが自分だったらいいのに、そう思うようになった。
あの人が何を望んで、何が欲しいか・・・それを自分が満たしてあげる事ができたなら・・・
そこまで考えて、リョーマは照れたように笑う。
オレ・・・あんたがどうしようもなく好きみたいだ。
でも、こんな自分も悪くない、そう思う。
あの角を曲がれば、あの道に出る。
そうしたらあんたにもうじき会える。
「先輩・・・」
思わずそう呟けば、ふっと不二の笑顔が脳裏をよぎり、リョーマは目を細める。
そんな彼の耳元を優しく撫でるように、柔らかな風が通り過ぎていった。